今回は、万人受けする笑顔が爽やかな俳優・小泉孝太郎さんについてお伝えします。
小泉孝太郎さんには次男・進次郎さんの他にもうひとり三男の末っ子・宮本佳長さんがいます。
そこで以下では
- 小泉兄弟の人数。
- 三男・宮本佳長さんの顔写真など一連の情報や小泉兄弟との関係
- 次男・進次郎さんが鎧(よろい)を着ていた理由 など
以下で詳しく見ていきたいと思います。
目次
小泉孝太郎のプロフィール
本名:小泉孝太郎(こいずみ こうたろう)
生年月日:1978年7月10日(46歳)
出身地:神奈川県横須賀市
身長:177cm
血液型:AB型
出身校:関東学院六浦高等学校(おおよそ偏差値47)
(日本大学経済学部夜間中退)
デビュー:2001年
親族:父、小泉純一郎(元総理)弟、小泉進次郎(自民党員)
小泉孝太郎さんは、ご存知の通り父は元自民党総裁で元総理の小泉純一郎さん。
郵政民営化などの改革をした人物で「痛みに耐える構造改革」と言ったまま政界を引退。
国民は未だに痛いままになっています。
そんな元総理の長男である小泉孝太郎さんは政治家にはならず、今は俳優として活躍。
とても柔らかい感じの笑顔で、人当たりの良さそうな感じから、男女問わずに人気を博しています。
政治家になれば、間違いなくトップ当選しそう。
でも政治は次男の進次郎さんが継いでいます。
そんな小泉孝太郎さんは兄弟が2人います。
2人兄弟でなく三人兄弟。
一人は次男の進次郎さん。もうひとり三男の宮本佳長さんです。
小泉孝太郎の兄弟・三男の宮本佳長
小泉孝太郎さんの兄弟は小泉進次郎さん。
はほとんどの人が知っています。
しかし、もうひとりの兄弟として三男の宮本佳長さんのことはあまり知られていません。
兄弟は何人?
小泉孝太郎さんの兄弟は3人です。
- 長男:小泉孝太郎
- 次男:小泉進次郎
- 三男:宮本佳長
父・小泉純一郎さん、母・宮本佳代子さんとの子どもたちです。
三男・宮本佳長の顔写真と読み方
引用:三井不動産レジデンシャル
宮本佳長さんの顔写真は、上記の方です。
小泉兄弟と比べ得ると、宮本佳長さんの方が年上のような貫禄がありますね。
母・宮本佳長さんと母子家庭で育ったために、苦労が多かった証かもしれません。
ちなみに宮本佳長さんは末っ子。ただ一人っ子で育ったために、末っ子の柔和な表情があまりないですね。
末っ子生まれも長男の気持ちで育ったことがわかります。
宮本佳長さんの読み方は、「みやもと よしなが」と言います。
お母さんが宮本佳代子さんといい、父・小泉純一郎さんと離婚してますので、お母さんの「宮本姓」を名乗っています。
三男・宮本佳長の血液型
宮本佳長さんの血液型は不明です。
ただ、長男の孝太郎さん・次男の進次郎さんの血液型はAB型。
ただ、父・小泉純一郎さんはA型。
お母さんの宮本佳代子さんは不明ですが、孝太郎さんと進次郎さんがAB型なので、B型かAB型と思われます。
A型とO型はメンデルの法則的にありえません。
ちなみに、メンデルの法則は、遺伝の科学的なルールです。
このことから、母・宮本佳代子さんがB型なら宮本佳長さんはA型・B型・AB型・O型のすべてがありえます。
ただ、母・宮本佳代子さんがAB型の場合は、A型・B型・AB型です。
ちなみに進次郎さんの嫁・滝川クリステルさんもAB型。
小泉兄弟とその嫁は、世界的に少ない血液型のAB型になります。
三男・宮本佳長の年齢
小泉孝太郎さんの兄弟・三男の宮本佳長さんは1983年に誕生。
年齢は2024年で41歳です。
3兄弟、それぞれの年齢は…
- 長男:小泉孝太郎:1978年7月10日(46歳)
- 次男:小泉進次郎:1981年4月14日(43歳)
- 三男:宮本佳長:1983年(41歳)
年齢的にみると、父・小泉純一郎さんと母・宮本佳代子さんはいい感じの間隔で子作りしていたことがわかります。
それなのに小姑などの人間関係で離婚するなんて子どもが可愛そうです。
三男・宮本佳長の学歴と学校と大学
宮本佳長さんの学歴は、中学を卒業後、アメリカ・テネシー州の高校に留学。大学は京都外国語大学中国語学科(偏差値50)です。
シングルマザーで宮本佳長さんを育てた母・宮本佳代子さん。
宮本佳長さんを高校は留学させ、大学は私立まで通わせたことは大変だったでしょう。
一般の家庭と同じように不自由なく育てたことがわかります。
三男・宮本佳長の職業は三井不動産
宮本佳長さんの職業は不動産屋さんで、現在は三井不動産レジデンシャルに勤務してます。
2007年、24歳のときに勤務し、現在はコンシェルジュ営業部営業グループです。
お母さんの宮本佳代子さんも三井不動産リアリティに勤務して、コンサルティング営業一部営業。
三井不動産レジデンシャルと三井不動産リアリティの違いは事業内容が違うだけです。
同じ三井不動産グループなので、母子で情報交換もしてるでしょう。
母・宮本佳代子さんは小泉純一郎さんと離婚後、シングルマザーになりました。
そのため自分が世帯主として不動産業界に就職しました。
宅建士の勉強もし一発で合格。宅建主任者として一生懸命努力したのです。
母・宮本佳代子さんの口癖は…
「不動産は私を裏切らない」
この口癖から母・宮本佳代子さんが、三男・宮本佳長さんを養っていくために、不動産で努力したことがわかります。
その努力の母の背中を見て育った宮本佳長さんは、不動産業界に興味を持ったしょうね。
三男・宮本佳長の結婚と子供と家族構成
出典:https://xn--u9j5h1btf1ez99qnszei5c8ws.com/
2010年に行われた小泉家の父と息子3人の会食。
それから3年後の2013年。宮本佳長さんは結婚しました。
お相手は一般女性です。
結婚式には、父・純一郎さん、長男・孝太郎さん、次男・進次郎さんの姿がありました。
もちろん結婚式には母・宮本佳代子さんも出席。
このことでかつての家族、小泉一家の5人が勢揃いしたのです。
それは、実に30年ぶりの出来事で、大きな話題となりました。
上の家族構成がと家系図から、結婚式に参列したゲストも興味津々でしたでしょう。
ちなみに、母・佳代子さんは三男・佳長さんの教育として以下のように言っていたのです。
「父親が有名でも、あなたとは関係ない。あなたの母はいちサラリーマン。勘違いしないで生きていきなさい」
母・佳代子さんは佳長さんにとても良い育て方をしていますね。
人間は勘違いしやすい生き物といいます。特に若いときはそのような傾向があります。
一国のトップである首相の子供ということで「自分には特別な才能があるかもしれない!」という勘違い。
しかし、それを人生の先輩でもある母・佳代子さんは「勘違いするな!」と戒める。
こういったことで良い教育をして立派と思います。
そして、勘違いをすることなく佳長さんは母・佳代子さんの背中をみて育ち不動産業界で活躍したのです。
ちなみに、佳長さんの結婚を機に長男・孝太郎さん・次男・進次郎さんと頻繁に交流しています。
また、宮本佳長さんには子供がいるかは不明です。
こちらは、一般人の個人情報でもあるので、非公開なのかもしれません。
三男・宮本佳長は小泉家族を知らない
母・宮本佳代子さんは、三男の佳長さんを妊娠中に離婚。
そのため三男・佳長さんは一人っ子のような環境で育ちます。
しかし実際は、長男・孝太郎さんと次男・進次郎さんという兄2人がいます。
母・宮本佳代子さんは3兄弟同じ屋根の下で生活させたかったでしょう。
出典:https://tanosiiseikatu.com/
3兄弟が初対面を迎える前。
三男・佳長さんは、父・純一郎さんとの面会を望んでいました。
小泉純一郎事務所に「父と二人きりで会いたい」と涙ながらに電話をしたことも。
電話口に出た父・純一郎さんの姉、信子さんは冷たく言い放ちます。
「血が繋がっていても親子関係はない」
父・純一郎さんとの面会を断ったのです。
とても調停で三男・佳長さんの親権を争った小泉家の人間から出るとは思えません。
結局、小泉家が求めていたのは「小泉家の息子」という存在。
そして叔母・信子さんこそ、父・純一郎さんと母・佳代子さんの離婚の原因となった人物。
人間関係のもつれから、全く関係ない三男・佳長さんまで影響が出てかわいそうですね。
三男・宮本佳長と小泉兄弟が初対面
出典:https://tanosiiseikatu.com/
父・小泉純一郎さんが2008年に政界を引退。その際以下のように告げました。
「家のことは任せた!自分はいまさら会えないが、お前たち3人は兄弟だから仲良くすればいい!」
この発言に周りはドン引き。正直、かなり身勝手な発言です。
3人兄弟が離れてかなりの年月が経過。父・純一郎さん自身の環境が変わるから三人兄弟は仲良くやれという暴論。
まるで”許してやる”かのような言い回しに違和感を覚えます。
とても、宮本佳長さんの親権を調停まで起こして争った人の発言だと思えませんね。
まるで大相撲の貴乃花が「右膝半月板」を損傷して優勝したときに放った言葉があります。
「痛みに耐えてよく頑張った!感動した!おめでとう!」
この言葉のように、三兄弟に放ってしまいました。
そして、父・純一郎さんの言葉通りに三兄弟は会います。
次男の小泉進次郎さんが宮本佳長さんに連絡をとり、食事会を開催したのです。
この食事会で3兄弟が初めて対面。三男の宮本佳長さんは緊張したでしょうね。
俳優と政治家のお兄さんと初対面だったのですから…。
その初対面から長男の小泉孝太郎さんも含め、兄弟3人で会う機会も増えたのです。
両親や親族たちのトラブルのために、子ども3人が迷惑を被り、やっと普通に会える日が来ました。
でも、父・純一郎さんの横暴から「悲劇」ではなく「喜劇」のような話に感じます。
特に宮本佳長さんにとってはいい迷惑ですね。
2010年の年末に。
小泉家御用達といわれているレストランで4人で食事会を開催。
- 父・純一郎
- 長男・孝太郎
- 次男・進次郎
- 三男・宮本佳長
父親と息子3人が一同に会したのです。
会食の最中、宮本佳長さんは小泉純一郎さんに対し「お父さん」と呼んでいました。
しかし、父・純一郎さんは宮本佳長さんに対し「なぁ」と呼びかけ照れを隠していたのです。
照れだけではなく、罪悪感があって「佳長!」と素直に言えなかったのでしょう。
父・純一郎さんが生きている間に4人で会えて良かったですね。
佳長さんは父・純一郎さんのことを「お父さん」と呼べる融通さがあります。
それに反して父・純一郎さんは照れながらでも「佳長」と呼べる器がなかったのが残念です。
ちなみに3兄弟の中で父・純一郎さんに一番顔が似ているのが、三男の宮本佳長さん。
長男・孝太郎さんと次男・小泉進次郎さんは母親似。
特に長男・孝太郎さんが1番母親の宮本佳代子さんに似ているといわれています。
長男・孝太郎さんの優しい笑顔は母・宮本佳代子さん譲りなのかもしれません。
三男・宮本佳長が小泉兄弟と生き別れした理由
小泉孝太郎さんは、三男の宮本佳長さんと生き別れしてます。
その理由は、父・小泉純一郎さんと母・宮本佳代子さんが離婚したからです。
離婚当初、母、宮本佳代子さんは身ごもっていて、妊娠6ヶ月でした。それが宮本佳長さんでした。
そして、離婚した4ヶ月後に宮本佳長さんは誕生したのです。
ですから、生まれたときから兄弟三人で生活することはありませんでした。
三男・宮本佳長とムロツヨシとの関係
ムロツヨシさんは、小泉兄弟ではありません。
小泉孝太郎さんの俳優友達で、小泉進次郎さんとも仲良くなりました。
ですので、ムロツヨシさんとは友達ですが他人です。
ムロツヨシさんが三男との噂もありましたが、全く三男ではないです。
ちなみに、三男の宮本佳長さんとムロツヨシさんとは、小泉孝太郎さん経由でお会いしたことはあるかもしれません。
ただ、次男の進次郎さんのような仲良くなるような関係性にはなっていないと思われます。
小泉孝太郎の兄弟・次男の小泉進次郎
今までは三男の宮本佳長さんについて見ていきました。
以下では次男・進次郎さんについて探っていきます。
次男・進次郎が鎧を着た理由
小泉孝太郎さんの弟・次男の進次郎さんは政治家で有名。
父・純一郎さんの跡継ぎとして活躍しています。
進次郎さんは両親の離婚で母・宮本佳代子さんと暮らすことはできませんでした。
母・宮本佳代子さんが離婚した当時、進次郎さんは1歳。
寂しい思いをしたのです。
お腹が空いて泣いてもお母さんはいません。
そんな時は、父・純一郎の姉・叔母の小泉道子さんが進次郎さんあやしました。
道子さんは自分の乳首をくわえさせ、おっぱいを飲ませていたのです。
しかし当然母乳は出ません。
それでも進次郎さんは安心して叔母・道子さんの乳首を吸っていたのです。
進次郎さんは左の乳首。一方で右の乳首は長男・孝太郎さん。当時4歳。
母・宮本佳代子さんがいない寂しさを叔母のやさしさでまぎらわせていたのです。
1歳で幼かった進次郎さんは、叔母・小泉道子さんを母親と信じて育ちます。
道子さんのことを「ママ」と呼んでいました。
- 授業参観
- 遠足 など
学校の行事には叔母・道子さんは参加し母親を演じていました。
進次郎さんが叔母・道子さんを本当の母親ではないと知ったのは中学2年生の多感のとき。
父・純一郎さんが本当のことを告げます。
その告白に進次郎さんは絶句。
叔母・道子さんが母親であると言い続けたのです。
突然の告白に思春期真っ只中の進次郎さんは相当傷ついたでしょうね。
父・純一郎さんは思春期真っ只中の中学2年生の進次郎さんによくも言えたものです。
告げるのは18歳か20歳くらいで良いんじゃないんですか。
話は少し変わりますが、田中角栄元総理の娘・田中真紀子さんが純一郎さんを「変人」いいました。
その理由がわかった気がします。
相手のことを考えず言いたきときにいう。迷惑な話です。
話はずれましたが、衝撃的な告白を受けた進次郎さん。
その後はショックを忘れるかのように関東学院六浦高校で野球にのめり込みます。
進次郎さんが滝川クリステルさんとの結婚会見の時の発言。
その発言の趣旨がよくわかります。
「彼女といる時は鎧(よろい)を脱げる」
両親が離婚して傷ついた心をずっと鎧(よろい)で武装していた進次郎さん。
同士のような滝川クリステルさんのそばでようやく鎧を脱げたようです。
次男・進次郎の結婚で母・佳代子は?
進次郎さんは滝川クリステルさんと2019年に結婚しました。
しかし、母・佳代子さんは結婚式に招待されなかったのです。
結婚前に行われた両家の懇談会に、三男・宮本佳長さんは招待されました。
小泉家から出席したのは…
- 長男:孝太郎
- 三男:佳長
- 父:純一郎
- 叔父・叔母
滝川家から出席したのは…
- 両親
- 弟:ロラン(モデル)
合計10人で懇談したのです。
母・宮本佳代子さんが懇談会にも呼ばれなかった理由は、そもそも進次郎さんは母・佳代子さんには告げていなかったのです。
告げなかった理由は…
- 進次郎さんがいまだに母・佳代子さんを許しせていない
幼い頃にお母さんが家を出ていってしまったことで、進次郎さんの心は相当傷ついたようです。
また、父・純一郎さんと母・佳代子さんの離婚時の約束がありました。
それは…
- 小泉家と一切の連絡を断つこと
なぜにこんなに強情な人間関係なのでしょうか。
もっとゆるくしてもいいんじゃないかと思います。
父・純一郎さんが政界を引退したあと、小泉三兄弟は初対面を果たしました。
そして三兄弟は過去を少しずつ取り戻そうとしていったのです。しかしし、母・佳代子さんとの過去は取り戻そうとはしません。
ずっと溝が埋められないままです。
しかし、三男・佳長さんの結婚の際には母・佳代子さんと、長男・孝太郎さん、次男・進次郎さんと30年ぶりに再会はしています。
ただ、次男の進次郎さんは母・佳代子さんに明らかに他人行儀だったのです。
長男の孝太郎さんは、母・佳代子さんとの溝を少しずつ埋めていってるようです。
両親の離婚当時、長男・孝太郎さんは4歳。次男・進次郎さんは1歳。
兄・孝太郎さんは4歳なので物心は少しはあったと思われます。
ですから両親の離婚に理由を知らなくても、離婚のやむを得ない理由の雰囲気は理解していたと思われます。
一方、物心のない当時1歳の進次郎さんは母・佳代子さんを失った記憶がなくてもお母さんがいない寂しさは半端ないと思われます。
そのことで、離婚した理由がわからないだけ、お母さんに捨てられてというトラウマが残ってるのかもしれません。
そのため、30年ぶりに母・佳代子さんと対面しても、感情的に母とは受け入れられないのでしょう。
長男・孝太郎さんは全体的に穏やかな表情が特徴の人。
一方で進次郎さんは、キリッとしたしっかりした表情。
滝川クリステルさんとの結婚会見での発言のように、いつも鎧(よろい)を着ているような表情をしている進次郎さん。
一般的に日本では…
- 長男はしっかりしなければという気持ちからキリッとした人が多い傾向(鎧を着る)
- それ以下の兄弟は、兄を頼れるので少しやわらかい表情が多い傾向
しかし小泉兄弟はその反対になっています。
長男の孝太郎さんは柔らかい表情で、下の進次郎さんの方がキリッとした感じ。
母を許すことができる長男・孝太郎さんの柔軟な考え方。
母を許すことができない次男・進次郎の真っ直ぐで固い性格。
これが表情に現れているのかもしれませんね。
進次郎さんは滝川クリステルさんと結婚し子ども「道之助」くんが誕生。
その「道之助」くんの誕生で親になる進次郎さん。
そのことで母・佳代子さんを許す心が芽生えるかもしれませんね。
その心が出てくれば進次郎さんの表情も柔らかくなるかもしれません。
そうなったら初めて進次郎さんは母・佳代子さんを「ママ、ありがとう」と呼べるかもしれませんね。