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泉谷しげる足の病気 足が不自由な理由は意外なことだった!家族と馴染みの帽子 紅白ブチ切れライブに出場した理由は?

2019年3月8日

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今回は、少し暴力的行為があって怖いイメージがあります、心は至って純粋に見える泉谷しげるさんについてお伝えします。

泉谷しげるさんは足が病気のように不自由に見えますが、理由はどのようなことなのでしょうか。

また、家族に関しては、全然伺えないので謎のままですし、常に同じ帽子と革ジャンですし、紅白歌合戦に出場してブチ切れたとか、紅白に出演したのは特別があるようです。

そういったいろいろなことを以下で詳しく見ていきたいと思います。

ぜひ、お楽しみください!

泉谷しげるのプロフィール

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芸名:泉谷しげる(いずみや しげる)

本名:泉谷茂(いずみや しげる)

出身地:東京都目黒区

出生地:青森県青森市長島

生年月日:1948年5月11日

身長:170cm

血液型:O型

学歴:東京都立目黒高等学校中退

職業:シンガーソングライター、俳優、タレント

担当楽器:ボーカル、ギター

デビュー:1971年

所属事務所:ホリプロ・ブッキング・エージェンシー

泉谷しげるさんは東京のど真ん中の目黒区で育ったのですね。

高校中退ですが、テレビでのあの乱暴な姿や主義主張を聞いていると、大学で70年の安保闘争などに参加していた方と思っていましたが、どうやら安保闘争には参加してないんですね。

どうやら泉谷しげるさんは、どうやら真面目なので、わざと悪いような言動を示しているのかも知れません。

 

泉谷しげる足の病気と不自由な理由は?

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泉谷しげるさんがテレビに出演されていると、一つの事が気になることがあります。

何やら、歩き方がぎこちなく思えるのです。

足を引きずるように歩いている事から、義足の噂なども経ちましたが、どうやら義足ではないようです。

では、どうして泉谷しげるさんは、足が不自由のように引きずっているのでしょうか?

それは幼い頃にポリオウイルスに感染し、その後遺症が今もあって足を引きずっていると言うのです。

御年で70歳の泉谷しげるさんですから、小さい頃から一生付き合っていかなければならないものでした。

ポリオウィルスとは、人が感染する感染症で、主に5歳以下の小児に感染すると言われています。

感染する経路は、咽頭や小腸の粘膜から侵入し、血管から中枢神経に達し、脊髄運動真剣にダメージを与えるようです。

感染者の9割は症状は出る事はありませんが、1割の人が発熱や頭痛、倦怠感や下肢痛などに症状へ悪化するようです。

そして約200人に1人が、骨盤から足にかけての麻痺を引き起こすそうです。

現在ポリオワクチンがあるので、泉谷しげるさんのように障害が残ることは稀のようですが、その障害は軽度のようです。

泉谷しげるさんは、そのポリウィルスに感染し、約200人に1人になって後遺症で麻痺を起こしてしまったのですね。

特に体に異常がない人にとっては、泉谷しげるさんの後遺症はとても大変に思います。

しかしもしかすると泉谷しげるさんにとっては、小さい頃からの体の症状で付き合いも長く、それが当たり前になり、慣れているので麻痺がない人が思うほどそれほど苦痛ではないのかも知れません。

ですので必要に泉谷しげるさんの症状を気遣いすぎると、あの泉谷しげるさんですから、暴言を吐かれるかも知れませんね。

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泉谷しげるさん本人も、付き合いが長いだけあり、この病気をネタにするくらいのタフな精神をお持ちです。

例えば、過去にロックバンドの巨匠と呼ばれる矢沢永吉さんに対して言及した時に、以下のような発言がありました。

奴がBIGなら俺はB◯K◯Oだ!文句あるか!」

この「B◯K◯O」は差別用語で「足を引きずっている人」をこのように言いますが、泉谷しげるさんが言う分には特に問題はなさそうですが気にはなります。

またこの発言は、生放送中に言ったもののため、放送倫理に引っかかったようです。

よくビートたけしさんも、テレビでお父さんの職業を「ペ◯キ屋」と言いますが、これも差別用語とされているようです。

しかし本人が言っているので、特に問題視されることはありません。

そうすると「B◯K◯O」に関しても本人が言っているので良いように感じますが、この発言をすることで気分を害する人が大勢いると思われるので、泉谷しげるさんには反省してほしいと思います。

一方で、足が不自由だった泉谷しげるさんが、この障害で子供の頃に辛い目(いじめ)にあったのは想像できます。

そんな泉谷しげるさんは、負けてたまるか!という気持ちが、今の強気な性格に現れたのかもしれません。

なるほど。

泉谷しげるさんのような障害があると、いじめは助長されるでしょうね。

特に現代よりも、昔のほうが明らかに考え方の質が低いでしょうから、泉谷しげるさんの障害を悪気もなくからかう人も多かったと思います。

それが原因でめげてしまう人もいる一方で、泉谷しげるさんのようにそれを糧に、元気を振り絞っている人もいるのですね。

1979年6月30日にテレ朝系で放送された『戦後最大の誘拐・吉展ちゃん事件』で犯人「小原保」役に大抜擢された泉谷しげるさん。

それまで俳優としての仕事をしていなかった泉谷しげるさんを抜擢したのは、恩地日出夫監督と向田邦子さんだったと伝えられています。

実際に向田邦子さんから電話をもらった泉谷しげるさんは「お前の歌はどうでもいいけど、お前の横顔がいい。お前やれ。」と言われたそうです。

ドラマ放映後は大反響となり、道を歩いていると、泉谷しげるさんは胸倉をつかまれて「吉展を返せッ!!」と、からまれたこともあったといいます。

その事件の犯人は、足が悪いという設定だったらしいのですが、その役のハマり具合や演技力は、実際に足が不自由ということを感じさせないほどの演技だったようです。

そして一躍俳優としての才能が開花した泉谷しげるさんは、この作品以降、実力俳優としても活躍していくことになるのです。

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泉谷しげるさんの容姿は少し怖そうで、また障害で足を引きずって役を演じている泉谷しげるさんの演技は、とても視聴者に違和感を覚えさせ、視聴者にとってはこのドラマでの泉谷しげるさんの演技は、とてもリアルに見えたのかも知れません。

 

家族(嫁と娘と孫)とボロボロで馴染みの帽子

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泉谷しげるさんは、結婚していて、娘さんがいます

奥さんは一般女性とのことで、名前や年齢、画像などは全く公開されていません

娘さんには3人の子供がおり、泉谷しげるさんは3人の孫を溺愛しているようです。

泉谷しげるさんは、その3人のお孫さんから「じいじ」と呼ばれていて、とても喜んでいるようです。

以前は三世代で同居していたそうですが、孫たちにおもちゃを買い与えすぎることが問題となり、娘さん一家から「隔離」されてしまっということです。

ちなみに娘さん夫婦は2013年3月にオープンした、東京大田区馬込にあるラーメン店横浜家系ラーメン、いずみ家」のオーナーをしているといるようです。

店の看板やメニューのデザインは、泉谷しげるさんが担当したそうです。

しかし泉谷しげるさんはこのラーメン店の経営に一切タッチしておらず、また店舗も泉谷しげるさんを一切伺わせず、純粋にラーメンの味で勝負しているとのことです。

泉谷しげるさんに娘さんがいて、三人の孫がいるということを感じさせない風貌です。

もし泉谷しげるさんに孫がいるとなると、その孫たちは泉谷しげるさんが怖くてかわいそうに思う人もいると思います。

しかし、本当の泉谷しげるさんはとてもシャイで、やさしい感じをテレビ出演した際にふと見せるので、その優しさを隠すために、あのような暴力的な言動になるんでしょうね。

また泉谷しげるさんは、お孫さんにおもちゃを買い与えすぎるということなので、お孫さんに対しての溺愛ぶりが伺わせます。

また、娘さんがラーメン店を開業しているとのことで、そのラーメン店に行けば泉谷しげるさんに会えそうですが、泉谷しげるさんはその娘さんのラーメン店には全く興味はないのかも知れませんね。

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泉谷しげるさんといえば革ジャンに帽子のイメージがあります。

いつも同じ「中折れレザーハット」と呼ばれるタイプの帽子を被っているようです。

また、その帽子はいつもボロボロに見えます。

時にはタオルを巻いて、テレビに出演していることもあります。

また、革ジャンも泉谷しげるさんのトレードマークです。

シングルのライダースで、年季の入っている革ジャンを着ているようです。

ブランド名は「UNLIMITEDSIFR」との噂がありますが、泉谷しげるさん本人が公表しているわけではありませんので、信憑性は疑問の出るとこです。

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泉谷しげるさんのこの帽子、革ジャン、タオルを巻くというワンパターンのファッションは、一見ダサい感じがしますが、泉谷しげるさんの主義主張が感じられ、流行に乗って服を着るよりも、充分格好いいファッションと言えますね。

どこかにこだわりがあって、そのファンションの真意を聞いてみたいところです。

しかしその真意は今は誰も知らないのです。

 

嫌いな紅白ブチ切れライブに出場した理由と想い

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泉谷しげるさんは、2013年第64回 NHK紅白歌合戦に、代表曲となる『春夏秋冬2014』で初出場することになりました。

12月29日、リハーサルに登場した泉谷しげるさんは、アカペラのパートの部分を、ドラムが叩き続けてしまったのでブチギレし、最後まで歌い終えると「やめたもう」と一言残し、ステージを立ち去ってしまったそうです。

フォークロック歌手として知られる泉谷しげるさんは、2012年に出した美輪明宏さんが『ヨイトマケの唄』を歌唱したのを見たことが出演のきっかけとなった言っていました。

また紅白の会見では言いたい放題で「俺の時だけ歌詞出さないでほしいなってね」と、発言していました。

そして本番で泉谷しげるさんは、ギター1本でステージに上がります。

おい手拍子してるんじゃねえぞ! 誰が頼んだ!」と客席に叫び「今日がすべてが終わる、今日ですべてが変わる…テレビの向こう側でひとりで紅白をみているお前ら! 今年はいろいろあったろう。いろいろツライこともあっただろう。忘れたいことも、忘れたくないことも。今日は自分だけの今日にしろ、自分に向かってそっと歌え!」と語り、オフマイクでワンコーラスを歌い、ギターをかき鳴らしました。

最後は、ギターをスタッフに投げつけるようにして、泉谷しげるさんは退場しました。

その後、泉谷しげるさんはその真意について語ります。

「家で一人で見ている寂しい人故郷に帰りたくても帰れない人と、テレビの向こう側の人に向かって歌っていたんだ。恵まれているやつには歌いたくない。来年オファーが来たら出ない。2度と出ません!」

また、29日のリハーサルの時に、楽屋で殴った件について、「すまんな、いつもやっていることなんで」と謝罪しました。

「家で一人で見ている寂しい人、故郷に帰りたくても帰れない人と、テレビの向こう側の人に向かって歌っていたんだ」

この発言が、泉谷しげるさんが歌をうたう理由なのかも知れません。

恵まれている人に歌を歌っても、「いい曲ですね」と言うだけで、泉谷しげるさんが伝えたいメッセージは伝わらないでしょう。

幼少期にポリウィルスに感染し、不幸にも足に麻痺が残って、歩くことが大変で、さらにその不自由そうな歩き方を見た周りの同級生から、いろいろ馬鹿にされ、いじめにあったこともあると思います。

そのような辛いことを幼少期に体験したことで、乱暴なキャラクターを作っていますが、心はとても優しい人なのでしょう。

そのやさしさと辛い人の気持ちがこの紅白での「家で一人で見ている寂しい人、故郷に帰りたくても帰れない人と、テレビの向こう側の人に向かって歌っていたんだ」というコメントにつながるのかも知れません。

泉谷しげるまとめ

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泉谷しげるさんは、幼い頃にポリウィルスに感染したことで、辛い思いをし、それに対抗するために無理に暴言を吐いたりと、泉谷しげるさんは自身を鼓舞しているのかも知れません。

お孫さんが3人いて、そのお孫さんの前では、いつもの泉谷しげるさんとは別人になるのは、本当は泉谷しげるさんはとてもやさしい方なのでしょう。

いつも同じような帽子と革ジャンとタオルを頭に被り、テレビに出演している姿は、泉谷しげるさんの個性で、こういうのを本当の個性と呼べるのかも知れません。

紅白に出場した理由として、大晦日に辛い人のために歌を歌うことで、元気になってほしいという、泉谷しげるさんの本当のやさしさを見たような気がします。

今後も泉谷しげるさんには、個性をもっと発揮して、無個性の社会に喝を入れてほしいです。