名取裕子の若い頃(昔)の炎上トラブルと映画,吉原炎上で引退?年齢は何歳ですか?

2019年9月26日

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今回は若い頃は清純役のような容姿で人気でしたが、女優生活を続けていくうちに、艶やかな写真集を出版したり、艶やかな映画に出演したりと、大人の色気を醸し出し、最近では刑事役で貫禄を醸し出して活躍している、名取裕子さんについてお伝えします。

名取裕子さんは年齢の割の若いとか、若い頃の写真が美人とか言われています。

そんな若い頃は、引退の危機に追い込まれるほどの炎上トラブルに直面していた時期もあったようです。

また、映画・吉原炎上で主演を果たし、大女優の仲間入りを果たしたとも言われています。

名取裕子さんの若い頃の着物姿やプライベートの服装などを以下で詳しく見ていきましょう!

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名取裕子のプロフィール(年齢、身長、画像)

「名取裕子」の画像検索結果

本名:名取裕子(なとり ゆうこ)

生年月日:1957年8月18日(2019年現在の年齢62歳

身長:165cm

スリーサイズ:82cm、60cm、89cm

星座:獅子座

血液型:AB型

出身地:神奈川県横須賀市

【学歴】
出身高校:神奈川県立厚木高等学校(偏差値69

出身大学:青山学院大学 文学部日本文学科(偏差値62.5

名取裕子さんは若いので何歳ですか?と思いますが、2019年現在、年齢が62歳ということですが、テレビで見る限り62歳で還暦を過ぎているとは到底思えない若さを保っていますね。

高校の頃は勉強もできて美人だったようで、学校内でも相当有名だったようです。

その後、青山学院大学に進学すると、「ミスサラダガール」コンテストに応募しました。

そのコンテストが芸能界に入るきっかけとなったようです。

名取裕子さんは若い頃から美人で、しかも約40年前に女性の身長が165cmと高身長なので、若い時の周りの男性たちは、名取裕子さんのオーラと言うか、その圧力に圧迫感を持つ人も多かったのではないでしょうか。

 

名取裕子の若い頃が美人で綺麗でかわいい【写真】

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上の写真を見ても分かるように美しすぎるその容姿、スタイルのため、高校の時、学内ではマドンナ的存在で、人気がありすごくモテていたそうです。

なんと「名取裕子 ファンクラブ」なるものが存在していたんだとか。

この当時はまだ芸能界にはデビューしていなかったのですが、ファンクラブができる程ですから

女優として活躍されるのにも納得してしまいます。

また美しい上に才女ときたら男性だけではなく、女性でも憧れてしまう事は間違いありませんね。

上記の画像を見ると、若い時の画像なのに、すでに完成された面立ちをしていますので、生徒ではなくて学校の先生かなと思ってしまうほど、大人っぽい雰囲気を醸し出していますね。

その後、青山学院大に入学し自ら芸能界のコンテストに応募して芸能界入りを果たしました。

1977年でドラマにも初出演されたのですが、なんと初出演で初主演を務めておられます。

さすが、高校生の頃からファンクラブができるくらいですから、その美人のオーラは半端ではなく、そのオーラは芸能界の関係者にも伝わり、初出演で初主演をこなせるだけの器を感じさせたのでしょうね。

 

名取裕子は若い頃にトラブルで炎上し引退の危機!

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名取裕子さんは1976年「愛と憎しみの宴」でドラマデビューを果たして、翌1977年「おゆき」で初主演をします。

その後「3年B組金八先生」に出演を果たして、人気を博しました。

順風満帆に見える芸能活動ですが、大学を卒業後に名取裕子は大きな試練に見舞われることになります。

それは、名取裕子がCMの演出を巡るトラブルで、事務所(島田事務所)と対立をして引退に近い状態にまで追い込まれたことがあったそうです。

トラブルとなったその島田事務所は辞めることになり、一時期名取裕子さんは次に事務所がなかなか決まらなかったようです。

それは、所属事務所と揉め事を起こす女優を、他の事務所がなかなか引き受けてくれなかったそうです。

名取裕子さんは、当時若干23歳(推定)だったそうです。

当時、名取裕子さんは23歳くらいとまだ若かったのに、事務所と対立したのは大変なことだったでしょうね。

それにしても、CMの演出に対して事務所と対立したようですが、そんなにCMの演出で気に入らないことがあったのでしょうか。

CMごときと言っては怒られますが、映画やドラマとは違うので、多少のことなら妥協しそうですが、名取裕子さんはCMであっても、妥協しないところは、若い頃からプロとしてのプライドのようなものがあったようです。

近年でも、のん(能年玲奈)さん(当時21歳)が、以前の所属事務所と揉めて、干された感じになった事例があります。

「干された 女優 ...」の画像検索結果

いつになっても事務所とタレントとの揉め事があるのは人間の性ですね。

しかし、その危機を救ったのが当時NHKディレクターだった和田勉さんでした。

和田勉さんと言えば、有名演出家ですから、名取裕子さんとしても頼もしかったのではないでしょうか。

見ている人は見ているのですね。

和田勉の画像 p1_2

和田勉さんは、事務所とトラブルを起こした名取裕子さんのことについて、全く気にもとめないような豪快な人だったそうです。

そして和田勉さんは渦中の名取裕子さんに、自身が演出しているドラマへの出演を打診します。

和田勉さんはこのドラマを大切にしたいから、納得できる俳優や女優を探していました。

名取裕子さんについては、以前からいい女優だと思っていたから、このドラマに出てほしいと思って役をお願いしたそうです。

名取裕子さんは当時事務所を辞めて、どこにも所属をしていなかったので、和田勉さんは自宅の電話で直接話をして出演を交渉し、名取裕子さんは出演を引き受けたようです。

それが1982年のNHKドラマ「松本清張シリーズ・けものみち」でした。

「松本清張シリー...」の画像検索結果

将来有名女優になる人には、引退に追い込まれそうになっても、それを助けててくれる人が現れるから良いですね。

普通の人だったら、そのまま引退して一般人として暮らして、この逸話自体公にならないのでしょうね。

しかし名取裕子さんには、放っておけない人を引きつける魅力があるのでしょう。

しかも、ただの業界人ではなく、和田勉さんというNHKの名ディレクターという、力を持った人が助けてくれるので羨ましいです。

名取裕子さんは、その「松本清張シリーズ・けものみち」の民子役を引き受けた後は、和田勉さんがつきっきりで見ていたそうです。

例えば

  1. 朝、NHKに行くと和田さんが入口に立っていて、「今日の顔はダメだ!◯◯点だ!」と採点していた。
  2. メイク室に行くとメイクさんの横で「そばかすは消さないで!そのまま!」と言いながら、ずっと見ていた。
  3. 夫を殺すシーンでガソリンの瓶を投げて走って逃げるときは「今の2万倍の速さで走って!」と言われた。
  4. 旅館に帰ってきたときは「今の38625倍の速さで!」と言われた。
  5. カメラから見切れて顔がきちんと映っていなくても「いい!この一回だけだ!もう一回はない!」と言われた。

和田さんが撮影中も細かく指示を出し、気迫がすごかったということでした。

「和田勉」の画像検索結果

名取裕子さんはその後、このように言っています。

「私は民子を演じていなかったら、女優をやっていなかったかもしれない」

「名取裕子 真面...」の画像検索結果

人の縁とはわからないもので、この和田勉さんとの出会いが、名取裕子さんの女優生命の道を大きく切り開いたのですね。

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また西村晃さんをはじめとする共演者や、原作者の松本清張さんから親身に接してもらい、以後、和田勉さんや松本清張さんらとは生涯に渡る親交を築き上げます。

「松本清張シリー...」の画像検索結果「松本清張」の画像検索結果

和田勉さんだけでなく、元水戸黄門の西村晃さん、さらにあの大小説家の松本清張さんまでとも親身になってもらい、その後ずっと親交があったのですから、事務所と揉めても不安などあっという間に飛んでいってしまったでしょうね。

この作品をきっかけとして、名取裕子さんは女優としてやっていく決意を新たにして、以後目覚ましい
活躍を続けていくことになります。

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名取裕子さんは事務所と対立することで、結果的に著名人と親交を持つことになり、女優としてどんんどん羽ばたいていけました。

しかし、これはなかなか一般では出来ないことですね。

名取裕子さんは、事務所と対立しても、周りの業界人が助けてくれました。

それは美人であり、女優としての資質を買われ、ポリシーを持った自分の意見を言えたから出来たことだと言われています。

美人であることは別にして、自分の意見を持って行動できる人は、大活躍するか潰れるかのどちらか両極端になるのかもしれません。

そういった意味では、名取裕子さんは成功するために勝負をかけた自立した女性と言えるかも知れません。

見習いたいものです。

 

名取裕子は映画、吉原炎上で炎上

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今現在まで松本清張の2時間のサスペンスドラマなど、数々のドラマや映画、バラエティに出演中の安定感のある名女優名取裕子さんですが、その中でも若い頃に出演された「吉原炎上」という映画は伝説の映画になりました。

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個人的には見たことのない映画ですが、「吉原炎上」という題名自体は知っているので、当時、相当有名になったようです。

そんな映画に名取裕子さんは主役を演じているのですから凄すぎます。

なぜ、この作品が伝説となったのかというと、名取裕子さんをはじめとする多くの大物女優さんたちが、過激すぎるシーンを演じたためです。

ストーリーとしては、明治終わり遊女として売られた名取裕子さん演じる主人公をはじめとする女性たちの波乱万丈な世界観を描いた作品です。

名取裕子さんはその中でも初々しい乙女時代から女郎として、しっかりと生き抜いていく女性を演じています。

当時名取裕子さんは20代後半(29歳)で、激しいシーンを見事演じきりました。

大胆で衝撃的すぎる内容のシーンが多いということでも話題だった作品です。

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名取裕子さんはこの吉原炎上の映画の話が来た時に「勝負の時が来た!」と思ったのかも知れません。

そして、この吉原炎上に出演することで、全国的に知名度が上がり、一躍国民的女優となったのです。

「若い頃に炎上」があり大変だったと思いますが、この「吉原炎上」の主役を勝ち取ることが出来た布石だったと思うと、若い頃の炎上は結果、良かったのかも知れません。

 

名取裕子の若い頃(昔)の着物とプライベート

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名取裕子さんは若い頃から着物が非常に似合う女優さんでしたが、女性らしい役柄のイメージが非常に強いです。

しかしプライベートの時などは、着物スカートはほぼ身につけたことがないそうです。

さらには性格も、あまり細かいところは気にせずさっぱりとした男らしい感じだそうです。

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名取裕子さんはさっぱりとした男らしい性格ということですが、ということは吉原炎上のような遊女の役よりも、今現在ドラマ出演している「特命刑事 カクホの女」の警部役の方が、名取裕子さんの性格に合っていて、役を演じていても自然体の感じで演技に入り込めるのかも知れません。

そんな名取裕子さんの若さの秘訣とはいった何なのでしょうか。

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若さを維持するためにジムに通ったりと人知れずに努力をしているみたいです。

ただ運動することでおなかがすくらしいのですが、名取裕子さんは食べ物を食べるのを我慢することはなくよく食べるとのことのようで、ジム通いの帰りに買い食いするのが楽しみのようです。

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食べないことは、痩せることに繋がりますが、それはあくまでも痩せただけであって、筋肉は衰えていきますので健康的とは言えません。

その点、名取裕子さんは食べるけれど運動することで劇的には痩せないまでも、徐々に健康的に綺麗に痩せることが、若さを保つ秘訣になっているようです。

結局の所、食欲などを我慢するのは精神的にもストレスになるので、たくさん食べて運動し、それを習慣することが健康的に痩せる秘訣のようです。

名取裕子さんの若い頃から現在の画像を見ても、さほど体型は変わっていないように見えるので、自分自身のコントロールが出来ているようです。

 

名取裕子のまとめ

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名取裕子さんは、高身長でプロポーションが良く、若い頃から綺麗でかわいい人でした。

そんな名取裕子さんは、若い頃に事務所とのトラブルで引退の危機に追い込まれますが、その苦境を乗り越えることが出来たのは、演出家の和田勉さんのおかげでした。

和田勉さんの影響で、小説家の松本清張さんや、水戸黄門の西村晃さんとも親交できるようになり、これがキッカケで大女優の道を歩みます。

その大女優のキッカケにもなった映画が「吉原炎上」で、確固たる地位を築くことになります。

そんなヌードになって艶めかしい感じの名取裕子さんですが、プライベートでは着物やスカートといった、女性らしい服装をする機会は少ないようで、ズボンなどが主流のようです。

性格に関しても、細かい事が気にならない、さっぱりとした男のような正確と言われています。

しかし健康美は保ちたいので、たくさん食べてたくさん運動して、太ることもなく綺麗なスリーサイズを保っているようです。

60歳を超えてもドラマ「特命刑事カクホの女2」で警視庁の刑事役を演じている名取裕子さんの今後の活躍も期待したいです。

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